Online Journal
電子ジャーナル
IF値: 1.878(2021年)→1.8(2022年)

英文誌(2004-)

Journal of Medical Ultrasonics

一度このページでloginされますと,Springerサイト
にて英文誌のFull textを閲覧することができます.

cover

2018 - Vol.45

Vol.45 No.Supplement

特別プログラム・知を究める 循環器
シンポジウム 循環器3 超高齢化社会における心臓超音波検査の役割

(S250)

左室駆出率が保たれた心不全の発症予防の限界点

Point of no return in preventing the decompensated heart failure with preserved ejection fraction

石津 智子, 瀬尾 由広, 滑川 実紀子, 町野 智子, 山本 昌良, 川上 康

Tomoko ISHIZU, Yoshihiro SEO, Mikiko NAMEKAWA, Tomoko MACHINO-OHTSUKA, Masayoshi YAMAMOTO, Yasushi KAWAKAMI

1筑波大学臨床検査医学, 2筑波大学循環器内科

1Department of Clinical Laboratory Medicine, University of Tsukuba, 2Department of Cardiovascular Medicine, University of Tsukuba

キーワード :

【目的】
高齢化社会の到来により心不全パンデミックの到来が懸念されており,その予防は喫緊の課題である.左室駆出率の保たれた心不全HFpEFは,高血圧を基礎病態とした高齢者に多い予後不良疾患である.HFpEFは一度発症すると治療抵抗性で予後の改善はみられない.一方,高血圧は治療により明らかに心不全発症ならびに死亡率の改善がもたらされる.従って,高血圧発症から心不全発症に至る時間軸のどこかに,治療限界点point of no returnが存在する可能性がある.本研究の目的は,HFpEFモデル動物を用い,高血圧発症から時期を変え段階的にアンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害楽により治療開始し,HFpEF発症予防のpoint of no returnを探ることにある.
【対象と方法】
HFpEFモデル動物であるDahl塩分感受性高血圧ラットに対し,ACE阻害薬イミダプリルを病期の進行度別に分けて投与した.これまでの我々の研究でDahlラットに6週齢から8%塩分餌を与えた無治療高血圧群では,長軸ストレイン,円周ストレイン,左室駆出率の順に収縮期左室変形が障害が出現しつつ病態が進行し,23週齢で半数が肺うっ血のため死亡した.このためACE阻害薬投与時期を,8%塩分餌開始と同時(早期群),長軸ストレイン障害時(LS群),円周ストレイン障害時(CS群),左室駆出率低下時(EF群)とし,23週齢で全群の心臓のリモデリングの進展度を病理学的ならびに遺伝子発現から評価し,心臓,肺重量を測定した.心筋ストレインは小動物用心エコー装置Vevo2000の2Dスペックルトラッキングソフトウエアを用い,2週間ごとに評価,0.3%食塩餌群の計測域を95%信頼区間としそれぞれ-21%,-18%,55%を基準値と定義して,これを超えた個体に対して治療を開始した.
【結果】
LSの基準値を超える低下は12週から14週,CSは16週から18週,EFは20週で認められ,それぞれ治療を開始した.ACE阻害薬投与の全群で有意な血圧の低下は認めず収縮期血圧は160から200mmHgで推移した.無治療高血圧群で22週に2匹死亡した.23週齢の肺重量/体重比では無治療高血圧群,EF群,CS群は0.4mg/g以上に増加が見られたが,LS群,早期群では0.25mg/g以下で低食塩群の0.2mg/gと差がなかった.左室重量も同様に,無治療高血圧群,EF群,CS群は3.0mg/mm以上に増加が見られたが,LS群,早期群では2.5mg/mm以下で低食塩群の2.0mg/mmと差がなかった.心内膜下線維化面積は無治療高血圧群,EF群は9%超,CS群は6%,LS群,早期群では2%代で低食塩群の1%CSで軽度改善,LS群早期群で改善が認められた.心筋肥大の質的マーカであるβ-MHC/α-MHC,異常コラーゲン比であるCollagenⅠ/Ⅲ比,タイチンアイソフォームの変化は全てのACE阻害剤投与群で同様に無治療高血圧群よりも低値であり改善が認められた.
【結論】
HFpEF発症による肺うっ血を反映した肺重量増加の抑制は,CS障害前,LSが障害される時期までにACE阻害薬を投与開始した場合に達成され,心筋肥大と線維化の量的および質的な抑制を伴っていた.CS低下後のACE阻害薬投与では,mRNAレベルでの肥大と線維化の質的改善は認められるものの,量的には心内膜線維化の軽度改善に止まり,心重量は改善せず,23週では無治療群と同様の肺うっ血をきたし,HFpEF発症は阻止できなかった.以上よりACE阻害薬による高血圧性HFpEF発症抑制のpoint of no returnはLS障害後,CS障害前にあることが判明した.