Online Journal
電子ジャーナル
IF値: 1.878(2021年)→1.8(2022年)

英文誌(2004-)

Journal of Medical Ultrasonics

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2018 - Vol.45

Vol.45 No.Supplement

特別プログラム・知を究める 基礎
シンポジウム 基礎7 超音波医学におけるAI研究の現状と展望

(S232)

脳から見る人工知能への期待と限界

Learning of live-brain vs artificial network

小林 康

Yasushi KOBAYASHI

大阪大学生命機能研究科・脳神経工学講座・視覚神経科学研究室

Graduate School of Frontier Biosciences, Osaka University

キーワード :

私はこれまで,覚醒サルを用いて制御対象に対して望ましい運動パターンを学習する「小脳における運動学習」と報酬に基づく報酬予測形成学習の「大脳基底核・脳幹における強化学習」の研究をおこなってきた.従来のAIシステムと動物の学習システムの比較から,現状のAIシステムの課題と新たなAI構築について議論したい.
認知神経科学の計算理論において,小脳では「運動イメージ」と「実現された運動」の差,「運動制御誤差」を最小化するように神経回路を変更させることにより最適な運動を学習すると考えられていたが,その一連のスキームを「確率モデルと線型モデルによる運動パラメータ推定」を取り入れた新たな解析手法を開発して神経生理学的,数理学的に証明した.具体的には,「視覚像が動いたときの視野の安定化」に役立っていると思われる,広い視野の像の動きによって像と同方向に誘発される「追従眼球運動」時に,サル小脳皮質腹側傍片葉よりプルキンエ細胞のニューロン活動を記録し,得られた膨大なニューロン活動の加算データを運動パラメータ(慣性,粘性,弾性)の一般化線型モデルで評価し,定量化をおこなった.解析の結果,「運動制御信号」を符号化する小脳プルキンエ細胞に対して,延髄下オリーブ核由来の登上線維入力によって「運動制御誤差」が与えられていることが生理学,数理学的に明らかになった.この研究によって,1970年代の認知科学者,工学者,神経生理学者である「Marr-Albus-Ito」の小脳運動学習仮説に端を発した「運動学習に対する誤差(教師)信号,シナプス可塑性の役割」の問いに対して,仮説提唱から30年経てようやく,明確な生理学,数理学的証拠を与えることができた.
報酬に基づく強化学習理論とは,手がかり刺激に対して行動の報酬を予測し,過去に形成された予測と実際に得られた報酬との差,「報酬予測誤差」を最小化するように予測を更新することにより,行動を最適化する学習理論であり,認知科学,ロボット工学,数理科学の分野で注目を集めている.現在,脳深部の中脳にあるドーパミン作動性神経細胞(ドーパミン細胞)が「報酬予測誤差を表現している」ということがほぼ確立されているが,計算理論の重要な鍵となる「誤差信号の計算メカニズム」ついてはその実体が明らかにされていなかった.解剖学的に脳幹のアセチルコリン作動性の脚橋被蓋核(PPTN)がドーパミン細胞に対してもっとも強力な興奮性入力を送っていることがわかる.このことは,PPTNが中脳ドーパミン細胞による報酬予測誤差計算の中心であることを示唆する.わたしはこの神経回路構造に基づく仮説に基づき,サルを用いて報酬予測課題中のPPTNからのニューロン活動記録実験を行った.実験の結果,脳内報酬予測の更新に必要な,記憶された予測報酬の情報と実際に得られた報酬の情報が,それぞれ分離独立した形でサルPPTNに表現されているということが明らかになった.この研究によって,報酬予測誤差計算にPPTNが重要な役割を果たしており,さらに中脳ドーパミン細胞での報酬予測誤差計算過程で,短期記憶された報酬予測情報と実報酬情報がPPTNでそれぞれ同時表現され,最終的にドーパミン細胞で予測と現実の誤差が計算されるということが明らかになった.