Online Journal
電子ジャーナル
IF値: 1.878(2021年)→1.8(2022年)

英文誌(2004-)

Journal of Medical Ultrasonics

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2015 - Vol.42

Vol.42 No.Supplement

特別プログラム 基礎
シンポジウム 基礎1 超音波による定量診断はどこまで可能か?

(S222)

せん断波による組織弾性評価の課題と定量化

Problems in quantification of tissue elastic properties by shear wave

山越 芳樹

Yoshiki YAMAKOSHI

群馬大学大学院理工学府電子情報理工学専攻

Grad. School Science and Technology, Gunma University

キーワード :

【概要】
せん断波(Shear wave)を用いた映像法は,組織の硬さの映像化ができるという期待からいくつかの製品が市販されている.代表的なものは,強力な超音波を収束させて生体内部にせん断波を発生させ,組織中を伝わるせん断波の伝搬速度から組織の特性化を行う音響放射圧法(ARFI法)である.しかし,時に,測定したせん断波の伝搬速度やそこから導出される組織の弾性係数が予想以上にばらつくなどの印象を持たれた方も多いと思われる.本稿では,せん断波の波としての性質を概観することにより,せん断波を組織特性化に活用する上での課題や注意点について触れる.最後に,我々が開発を行っている簡便で定量性の高いせん断波の新たな映像法について紹介する.
【定量化を考える時の課題】
せん断波の生体組織中での伝搬速度は,生体軟部組織では大雑把ではあるが硬さの違いにより2m/秒から10m/秒程度の値が報告されている.これは,硬さを評価するという観点では感度が高く利点になるが,波の伝搬という観点では厄介な問題が生じる.たとえば,速度比が2倍ある境界に対して入射角30度でせん断波が入射すると,スネルの法則によれば出射角は90度になりこれは臨界角に相当する.この屈折や反射を非常に生じやすいという性質により,せん断波の伝搬速度の評価では,せん断波の伝搬方向と直交する方向に測定しなければ測定値にばらつきが生じてしまう危険性がある.また,臨床で期待されている「組織の硬さ」がせん断波の伝搬速度と合致するのかという問題もある.実際の感覚は「硬さ」,「張り」,「ぐりぐり感」など抽象的な用語で表現される場合が多いが,これらの感覚が,せん断波の伝搬速度という単一のパラメータで測定できるのかという問題である.
せん断波は一般に周波数が高くなるほど減衰が大きくなる.ここで減衰には2つのメカニズムが存在することに注意する必要がある.1つは,ずり粘性率に起因する粘性減衰であり,もう一つは応力ー歪関係のヒステリシスに起因するヒステリシス減衰である.粘性減衰は,振動速度に比例した粘弾性媒質におけるエネルギー損失であり,その大きさは媒質のずり粘性に関係する.ずり粘性は,減衰だけでなく伝搬速度にも影響し一般にずり粘性が大きいと周波数が高くると伝搬速度が大きくなる伝搬速度の周波数依存性(分散特性)が出てくる.粘性減衰は振動速度に比例した減衰であり,このため周波数がごく低い場合にはほとんど現れないことに注意が必要である.一方,ヒステリシス減衰は周波数に依存しない減衰であり,周波数が極端に低い場合に主になるエネルギー損失であり,この点が粘性減衰との大きな違いになる.粘性減衰は伝搬速度の周波数依存性から比較的容易に測定できることから内外で研究が進んでいるが,医用診断での有用性を考えた時に粘性減衰を評価する方が有用なのか,ヒステリシス減衰を評価する方が有用なのかは現状では明確でなく,測定の定量性を含め今後の研究が待たれるテーマである.
【まとめ】
定量性の議論の上に立ち,せん断波の特徴や性質を十分理解した上で活用するならば,せん断波は,従来の医用診断技術では得難い有益な情報が得られることが期待できる波である.今後,映像技術開発やそれを使った臨床研究だけでなく,定量性の向上とせん断波に関係する諸パラメータの臨床での有用性の検討のために,基礎的研究と臨床的研究の更なる融合が必要になってくるものと思われる.