Online Journal
電子ジャーナル
IF値: 1.878(2021年)→1.8(2022年)

英文誌(2004-)

Journal of Medical Ultrasonics

一度このページでloginされますと,Springerサイト
にて英文誌のFull textを閲覧することができます.

cover

2012 - Vol.39

Vol.39 No.Supplement

特別企画 産婦人科
シンポジウム4 妊娠初期胎児スクリーニングを考える

(S278)

判例にみる“出生前診断と親の自己決定権の限界”

“Prenatal diagnosis and limits of parental autonomy” according to judicial precedent

福﨑 博孝

Hirotaka FUKUZAKI

弁護士

lawyer

キーワード :

【目的】
出生前診断は,そのこと自体が直接的に人工妊娠中絶を当然の前提とするものではないが,一般的には,人工妊娠中絶を暗黙の前提として出生前診断を求められることも多いように思われる.近時,医療における「患者の自己決定権」が重視されており,妊娠・出産における「親(妊婦)の自己決定権」もその例外ではない.妊婦から出生前診断を求められ,その結果により「異常」が判明し,さらに,妊婦から人工妊娠中絶を求められたときに,医師はどのように対応すべきか.また,「異常」という結果であればまだしも,「不明」とされたときに,それでも障害児の出生をおそれた妊婦から人工妊娠中絶を求められたら,医師はどうすべきなのか.医師は,“胎児の親である妊婦の自己決定権(人工妊娠中絶の決意)に対して,それを拒否できるのか”,そもそも“妊婦の求める出生前診断に応ずる義務があるのか”などについて,もう一度,法的観点から検討し自らの考えを整理しておく必要があるように思える.
【考察】
堕胎罪(刑法)や母体保護法などわが国の法の趣旨や,これまでの判例の傾向からして,わが国では,“いかに重度の障害児妊娠においても,原則として(その理由のみでは)人工妊娠中絶が許されていない”と考えざるを得ない.出生前診断を目的として何らかの検査を行えば,出てくる結果は「正常」か「異常」だけではなく,「不明」ということも有り得る.しかし,妊婦によっては,「不明」ということだけでも障害児出産をおそれて人工妊娠中絶を希望するかもしれない.このような場合にまで「胎児の親の自己決定」に医師は従わなければならないのか,極めて疑問といわざるを得ない.堕胎罪の対象となる胎児とは,“生命ある胎児”であって,その胎児の生命・身体を保護するのが堕胎罪の目的であることを考えれば,“それを侵害しようとする「親の自己決定」についても何らかの制限がなければならない”という点にも合理的な理由があるはず.結局,胎児の生命・身体の安全を保護法益とする堕胎罪の存在は,その当然の前提として,胎児に対する「親(妊婦)の自己決定権」を制限することを意味するのであり,親の胎児に対する権利は絶対的なものではない,ということにもなる.このことは,障害をもった胎児が「人」として生れた後も同様である.親権の中心をなす“親の子に対する監護・教育”の目的は,子を健全な社会人として育てることにあり,その意味では,親の子に対する監護・教育義務の遂行のあり方こそが考慮されるべきであって,“親権”というよりも“親義務”ということになる.児の生命・身体を保護するためにこそ,親は外に向かって親権を権利(権限)として行使できる.ということは,逆に言えば,児に対しては,権利の行使というよりも“義務の履行”ということにならざるを得ない.要するに,親権者の子に対する親権の行使は,(子の生命・身体の安全を含む)子の健全な育成と福祉を目的とするものであって,それと同様に,胎児の「親の自己決定権」の行使も,胎児の生命・身体の安全(堕胎罪の存在)を無視することはできないということになる.確かに,妊娠・出産は母体の生命・身体の安全をも脅かす可能性もあり,その限度において,親(妊婦)は胎児の生命・身体の安全を犠牲にする選択も許されることにはなるが,そのような母体保護法で定めた例外的な場合を除き,親(妊婦)は,胎児の生命・身体の安全を無視した自己決定権の行使は制限される,ということにならざるを得ないように思われる.