英文誌(2004-)
特別企画
特別企画1 心臓を診る
教育講演1
(S122)
スーパーコンピュータで細胞から心臓を作り上げ臨床応用を目指す
Clinically applicable heart simulation based on the supercomputing
杉浦 清了
Seiryou SUGIURA
東京大学大学院新領域創成科学研究科
Cardiac Mechanics, Graduate School of Frontier Sciences, University of Tokyo
キーワード :
循環器領域においては分子,細胞レベルといったミクロの現象を対象にする研究が注目を集めているが,臨床の場において活用される診断機器は主にマクロレベルの現象を捉え解析するものであり日常診療においてミクロの現象が意識されることは少ないと思われる.しかし当然のことながら両者は一体であり相互の関係を理解することがより正確な診断,適正な治療に役立つものと考える.しかし細胞から臓器,人体へと実験を展開することによってミクロからマクロを結びつけることは技術的,倫理的に不可能であるし,現状の診断機器を用いて患者の細胞や分子動きを測定することはさらに実現性に乏しい.こうした実現不可能な実験を可能とし見えないものを見るための手段としてシミュレーションがある.生体シミュレーションはこれまで広く研究され血管の中の血流,血圧の時間変化といったマクロの現象のシミュレーションやイオンチャンネルの性質に基づいて細胞の活動電位を再現しチャンネル分子の突然変異や薬物の作用などを検討するといったミクロレベルのシミュレー姓_英ションなどが発表されてきた.我々の研究室では医学と計算科学の共同により,このような研究をすべて統合し,分子の機能によって支えられるバーチャル細胞の活動を再現しさらにそのような細胞からなる全心臓をコンピュータの中に作製した.このモデルは有限要素法という計算手法に基づいており2000万個の細胞モデルが実際のCT画像から3次元再構成された心臓の形状内に実測された細胞の向き(線維方向)やシートといった組織構造を再現して配置されている.洞房結節に始まった興奮は次々に隣接する細胞を興奮させ心房から心室へと広がり心臓全体の同期した収縮・弛緩を生み出すとともに心腔内に血流を発生する.つまり本物の心臓と同じように分子・細胞が動きながら心臓全体が動いている訳である.従ってこの心臓から臨床と同じように心電図,心エコー(ドップラー),心カテ(血行動態)といった検査情報を取り出し心臓の状態を評価すること,それらと分子レベルの異常(機能分子の分布の変化,機能の変化)との変化を検討することも可能でありミクロの知見とベッドサイドの観察を結びつけるツールということができる.分子(細胞)モデルは現在も精密化しており正常から疾患までの広いスペクトラムの特性を持った心臓に薬物を投与した際の反応を予測することを目標として研究を進めている.