Online Journal
電子ジャーナル
IF値: 1.878(2021年)→1.8(2022年)

英文誌(2004-)

Journal of Medical Ultrasonics

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2010 - Vol.37

Vol.37 No.Supplement

一般口演
基礎:ドプラ法

(S345)

広帯域ドプラ法のための特異値分解を用いたMTI処理

MTI filter using singular value decomposition in wideband Doppler method

田中 直彦

Naohiko TANAKA

芝浦工業大学システム理工学部

College of Systems Engineering and Science, Shibaura Institute of Technology

キーワード :

【はじめに】
循環器系などの診断に広く用いられている超音波カラードプラ診断装置では,高速血流が正しく表示されないエイリアシングの問題がある.そこで,広帯域の超音波パルスを送受波し,広い範囲の血流速を推定するための広帯域ドプラ法について検討してきた.
血流速推定においては,受波信号に含まれる血流以外からの信号成分(クラッタ成分)を抑圧するMTI処理が必要である.広帯域ドプラ法においてもMTI処理を必要とするが,その長所を生かすにはMTI処理の特性を厳密に制御することが要求される.このための一方法として,特異値分解に基づくMTI処理について検討したので報告する.
【方法】
通常のMTI処理では,クラッタ成分の発生源が血流よりも低速であることに着目し,ドプラ信号に含まれるクラッタ成分をディジタルHPFで抑圧している.ただし,カラーフロー画像を実時間で表示するという要求を満たすため,HPFに入力するドプラ信号のサンプル数は8点程度に制限される.このために,適用できるHPFの次数が制限され,実現できる周波数特性も制約される.
一方,ナイキスト限界を越える速度まで推定する広帯域ドプラ法では,受波スペクトルの位相回転の傾きから速度を求めている.このときのMTI処理は,個々の周波数のスペクトルデータにHPFを適用して行われる.これにより,位相回転が零付近のスペクトル成分が抑圧されるが,同時に位相回転が2π付近のスペクトル成分(高速度の情報を持つ成分)も抑圧され,速度推定の頑健性を損なう要因となる.HPFの阻止帯域を狭くすれば,失われる高速度の情報は少なくなるが,クラッタ発生源が動いている場合に十分なクラッタ抑圧が出来なくなる.このために,HPFの阻止帯域を厳密に制御することが要求されるが,通常のIIR型HPFでは限界がある.
そこで受波スペクトルデータでハンケル行列を構成し,これを特異値分解することで,受波スペクトルを互いに直交する複数の成分に分解する.分解された各成分について複素自己相関法で位相回転を求め,これがあらかじめ設定した閾値を越えた場合は血流成分とみなし速度推定に用いる.位相回転が閾値に満たない成分はクラッタ成分とみなし,棄却する.この方法での阻止帯域は設定する閾値で決まるので,容易に制御できる.
【結果】
流体ファントムを用いて得られた受波信号データを用いて,特異値分解によるMTI処理の有効性を検討した.用いたデータは,水中に置いたシリコンチューブ内を散乱体を含む水を流して得ているが,チューブ内圧変化によりチューブ自体の位置が微小変化していた可能性がある.IIR型HPFによるMTI処理を行った速度推定結果には,このチューブ位置変化の影響と考えられる誤推定が多数発生したが,特異値分解によるMTI処理により誤推定を減らすことができた.
【まとめ】
広帯域ドプラ法に適用するための,特異値分解に基づくMTI処理について検討している.特異値分解によるスペクトル成分の分離には,検討すべき課題が多く残っているが,次世代のMTI処理となる可能性はあるものと考えている.