Online Journal
電子ジャーナル
IF値: 1.878(2021年)→1.8(2022年)

英文誌(2004-)

Journal of Medical Ultrasonics

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2010 - Vol.37

Vol.37 No.Supplement

パネルディスカッション
パネルディスカッション2
超音波で胎児を何処まで診るべきなのか?

(S195)

出生前診断-法的な観点から

Fetal testing before birth

鵜飼 万貴子

Makiko UKAI

米田泰邦法律事務所弁護士

Yoneda Yasukuni Law office

キーワード :

現時点では,判例検索システムや文献等からは,本邦で超音波検査による出生前診断が法的紛争となった報告はみあたらなかった.しかし,公刊されていない多数の事案の中では不明であるし,出生前診断について以下のような判決がある中では,いつ法的紛争となってもおかしくないといえる.ケース事案となりうる判決については,以下のようなものがある.先天性風疹症候群児出産事件1(東京地方裁判所 昭和54年9月18日,判例時報945号65頁),同症候群出産事件2(前橋地方裁判所 平成4年12月15日,判例タイムス809号189頁,判例時報1474号134頁),ダウン症児出産裁判(京都地方裁判所平成9年1月24日,判例タイムス956号239頁,判例時報1628号71頁),ペリツェウス・メルツバッヘル病(PM病)児出産裁判(東京高等裁判所平成17年1月27日 判例時報1953号132頁)である.これらはいずれも,障害のある子を出生した親が医療機関を訴えた事案である.前者の3判決は,いずれも既に母親は妊娠していた事案であるが,最後の判決は,第一子にPM病児を持つ親が妊娠前に障害児出生の確率を尋ね,医師がその可能性が低いという趣旨の発言をしたことを過失とし,その約5年後にPM病児を妊娠・出産したことに起因する損害を求めた事案であった.同判決では,児の介護費用,家屋改造費,慰謝料等として約4800万円の認容判決が出されている.胎児の疾患の存在があきらかになった後も問題である.かつては優生上の見地から,胎児に遺伝性身体疾患及び同奇形等のおそれがある場合には人工中絶が認められていた(優生保護法14条1項1号ないし3号).しかし,同法は平成8年に人権尊重の観点から「母体保護法」へと改正され,その目的も,もっぱら母性の生命健康を保護することであるとされた.現在,胎児の障害を理由とする人工中絶規定は削除されている.したがって,胎児の異常を理由とする中絶は,本来的には,妊娠21週以前か否かにかかわらず違法である.現在は法の明文とは異なる運用がなされているものの,医療訴訟によくあるように一定方向に世論が形成され,それによって捜査機関が動かされれば,法文上は,業務上堕胎罪を問われる可能性も否定はできない.中絶が選択された場合,本来的には,胎児は(人として生まれれば),自らの出生する権利が侵害されたとして,中絶を選択した親と医療者を共同不法行為により損害賠償を請求しうるはずである.しかし当然ながら,人として出生しえなかった胎児は権利能力がないため,損害賠償を請求することは不可能である.このように子どもを産むか否かを自己決定権としてとらえる親と,出生を前提とする子の権利とは,利害が相反する関係にある.なお,「障害児の出生を回避し得た」とする親からの訴訟(wrongful birth訴訟)は,上記のように日本でも見られるが,海外では「医療者の過失がなければ障害者として生まれて来ることはなかった」という子(出生した障害児)からの訴訟(wrongful life訴訟)も報告されている上記のように,法的に整理がついている問題とはとてもいえない状態であるが,どのようなことが法的に問題となりうるのか,今後の検討すべき課題なのかの紹介ができれば幸いである.