Online Journal
電子ジャーナル
IF値: 1.878(2021年)→1.8(2022年)

英文誌(2004-)

Journal of Medical Ultrasonics

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2009 - Vol.36

Vol.36 No.Supplement

会長講演

(S117)

音で触れる −Elasticity Imagingの開発の道のりと展望−

Acoustic palpation- Development of elasticity imaging and its prospects

椎名 毅

Tsuyoshi SHIINA

京都大学大学院医学研究科

Human Health Sciences, Graduate School of Medicine, Kyoto University

キーワード :

【はじめに】
 未知のものを知りたいとい探求心は,領域を問わず研究の原動力であるが,中でも見えないものを見えるようにしたいという欲求は,外界から情報の9割以上を視覚から得ている人間にとって,基本かつ重要なものといえる.この肉眼では捉えられない不可視情報の可視化のために,様々な対象から特徴量を得るセンシングやそれを画像化するイメージングの手法が開発されてきた.
 そして,医療においても,超音波診断装置は,CT,MRIと並んで非侵襲的な画像診断技術として開発されてきたのは言うまでもない.この超音波画像診断は,これまで形態診断のBモード像と,血流等の機能診断のドプラ法に加え,近年になり第3の診断情報として組織性状を捉える組織弾性映像法(Elasticity Imaging)が実用化し,さらに発展しつつある.
 私は,以下に述べるように,25年前に,組織性状の診断法を求めて医用超音波の世界に足を踏み入れたが,幸運にも,世界に先駆けて組織弾性映像法の実用化として研究成果を形にすることができた.振り返れば,そこには幾つもの運命的な出会いや助けがあった.ここでは,これまでの開発の道のりと今後の展望について考えるところを述べてみたい.
【組織性状の診断法を求めて】
 軟組織との相互作用が大きい超音波信号には組織性状に関する多くの情報が含まれる.それを抽出することで組織の質的な診断が可能になれば,早期診断や鑑別診断へ利用が期待できる.この目的で,1980年頃から超音波による組織性状診断(TC: Tissue Characterization)の研究が盛んになった.この頃,私は大学院に進学し,当時実用化されたMRIに興味がありイメージングのための逆問題に取り組んでいた.しかし,丁度,所属の東大医用電子研究施設には,TC研究の草分けであるYale大のR.Kucが客員研究員で来ており,彼との討議や熱心な研究姿勢に触発され,超音波の研究に足を踏み入れる契機となった.今,思えば,これは研究方向を決める運命的な出会いであった.
 TCの研究は,エコー信号から組織に固有な減衰・散乱係数,音速などの特徴量の測定とその画像化を目指して,欧米や日本を中心に多数の研究がなされてきた.しかし,CT等と異なり,超音波装置で利用できるのは,1次元のエコー信号のみであり,逆問題的には,情報が不足する不適切問題になる.このため,実用的な分解能と精度を得るには限界があり,組織性状画像として臨床に供するレベルに達したものはなかった.
【超音波計測法の発想の転換】
 このようにTCの研究熱も下火になりかけた1991年に,テキサス大のOphirが,Ultrasonic ImagingにElastographyの論文を発表した.それは,特徴量として組織弾性つまり硬さを捉えようする点で新鮮であった.また,TCの研究の多くは,超音波信号自体から組織性状の特徴量を得ようとしていたが,ここでは,発想を転換し,超音波は組織の変位を検出するプローブ信号として用い,組織弾性を反映するのは外部から圧迫を与えて生じるひずみであった.ほぼ同時期に,加振器で低周波振動を与えて誘起されるずり波(share wave)の伝搬速度から弾性係数を得るSonoelastography(加振映像法)が提案された.これらは,static methodおよびdynamic methodとして組織弾性映像法(Tissue Elasticity Imaging)の2大手法となり,その実用化をめぐってTC研究熱に再び火をともすことになる.
【研究三昧の毎日】
 そのころ,私に訪れた転機は,筑波大へ移り乳腺外科の植野先生と知り合ったことである.1995年には,植野先生の紹介で,英国のInstitute Cancer ResearchのDr. Bamberの研究室に在外研究で滞在する機会を得た.私はそこで行われていたstatic methodをベースとした組織弾性の研究をテーマとして選んだ.まず多くの研究にも関わらず実用化されない原因はなにかについて調べた.
 歪み像を得るには,断層面の各点における変位分布を正確に得る必要があるが,提案手法の殆どは,体表に垂直にかつごく微小量のみ圧迫するという条件を仮定していた.しかし,臨床ではフリーハンドで圧迫するため方向や強さが変化し,推定誤差が大きくなり役に立たない.あるいは,柔軟性を高めるため,膨大な計算を必要とし実時間での処理が困難なものであった.英国では,日本での雑務から解放され,研究に専念できた.家が研究所の隣で,気が付いたら殆ど研究所と家の往復で1年間が過ぎた.実は,郊外で景色が美しく,周辺の散歩だけで十分満足できた.その甲斐あってか,英国滞在中に,臨床適用可能な組織弾性映像法の原理として,複合自己相関法(combined autocorrelation method, CA法)を開発した.これは,波長を越える大変位から,微小な変位まで高精度で高速に算出し,さらに手ぶれの影響も相殺することを可能としている.これにより,通常の超音波検査と同様に,フリーハンドで体表に探触子を当てるだけで,実時間で歪み像が得ることが可能になった.
【実用化へ向けて】
 帰国後すぐに,摘出乳がん組織について,開発したCA法を適用したところ,1回の計測で乳がん腫瘤が鮮明に描出された.これで自信をもち,植野先生らと実用化に向けて臨床研究に着手した.NEDOや科振費など産学連携研究プロジェクトを獲得し幾つか企業との共同研究を進めたが,最終的にH社の協力を得ることができ,2004年1月には日本発の技術として,組織弾性映像システム(Real-Time Tissue Elastography)の製品化を達成することができた.現在では,乳がん診断をはじめ,多くの疾患への診断応用の研究も進められ,その有用性が実証されている.
 Static methodに基づく,このシステムで得られるのは,現時点はひずみ象であり,その意味では,ROI内での相対的な硬さの違いを表示するものである.このため,次の段階として,TC研究本来の目的である,定量的な特徴量の抽出を目指した開発が進められている.
【今後の展望】
 Static methodの特色の一つに,直観的であることがあげられる.これは,触診が表在近くの組織に対して知覚するのに対し,音波を介して深部の臓器に触れているようなものと言える.この直感的というのは,ある程度手技に依存するということでもあるが,通常の超音波検査と同様,技能を身につければ最適な画像を得ることが可能である.
 一方で,手技に依存しない圧迫の方法について検討されるべきで,自動圧迫装置や,カプラを介した圧迫状態のモニタと補正などが考えられる.また,近年,Nightingaleらにより開発された,放射圧を用いたARFIも,深部の描出や手技依存性の回避の効果が期待できる.また,static とdynamicな手法の融合的な手法も考えられる.
 逆に,触れるという点にこだわると,通常は体表から圧迫して感じるしかないが,側面からつまむように触れることができれば腫瘍の広がりや,周囲組織へ浸潤の様子なども分かるはずである.このためには,組織弾性の分布を3次元的に計測し,さらに,VR(仮想現実)の分野で研究されている触力覚表示装置が必要となる.現時点では分解能や感度の点で未熟であるが,将来,これらのデバイスと,3次元的な計測が可能になれば,診断以外にも,手術支援などで役立つことが期待できよう.