Online Journal
電子ジャーナル
IF値: 1.878(2021年)→1.8(2022年)

英文誌(2004-)

Journal of Medical Ultrasonics

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2016 - Vol.43

Vol.43 No.Supplement

特別プログラム 循環器
パネルディスカッション 循環器 2 心不全臨床に役に立つ心エコードプラ指標 —conventionalな指標を中心に

(S277)

組織ドプラ法による左室弛緩能と充満圧推定の問題点についての再考

Are Tissue Doppler-Derived Parameters Really Reliable Indices of Left Ventricular Relaxation and Filling Pressure?

林 大知1, 山田 聡1, 岩野 弘幸1, 中鉢 雅大2, 三神 大世3, 筒井 裕之1

Taichi HAYASHI1, Satoshi YAMADA1, Hiroyuki IWANO1, Masahiro NAKABACHI2, Taisei MIKAMI3, Hiroyuki TSUTSUI1

1北海道大学大学院循環病態内科学, 2北海道大学病院検査・輸血部, 3北海道大学大学院保健科学研究院

1Department of Cardiovascular Medicine, Hokkaido University Graduate School of Medicine, 2Division of Laboratory and Transfusion Medicine, Hokkaido University Hospital, 3Faculty of Health Sciences, Hokkaido University

キーワード :

【背景】
20年近く前に,拡張早期僧帽弁輪運動速度(e’)は偽正常化することなく左室弛緩能を反映し,左室流入血流拡張早期波高(E)とe’の比(E/e’)は左室充満圧と良好に相関すると報告されて以来,組織ドプラ法は,その良好な再現性,計測上の簡便性も後押しして広く用いられるようになった.しかし,これら指標による左室弛緩能,充満圧の推定が不正確となる要因として,1)僧帽弁輪石灰化,人工弁・弁輪術後,僧帽弁狭窄,2)中等度以上の一次性僧帽弁逆流,3)収縮性心膜炎があげられ,ほかにも,弛緩正常例,肥大型心筋症や収縮障害を呈する重症心不全例での評価にも問題があると報告されている.日常臨床では,上記要因を除外してもなおe’やE/e’による弛緩障害,充満圧上昇の推定が困難な場面にしばしば遭遇する.
【方法】
そこで我々は,全国5施設で心エコー法と左室圧計測法を標準化したうえで,上記の要因1)〜3)を除いた77例を登録し,左室弛緩能,充満圧と組織ドプラ指標の相関性を再検討した.また,左室弛緩障害と充満圧上昇を,単独の組織ドプラ指標による定量評価,左室流入血流心房収縮期波高(A)に対するEの比であるE/AとE/e’を用いた簡便なパターン評価,複数指標の人為的総合評価の3つの評価方法で推定し,精度を比較した.なお,複数指標の総合評価は,年齢,性別,合併症,左室局所壁運動と25の心エコー指標に基づいて,侵襲的検査の結果を知りえない心エコーの専門家が判定した.
【結果】
e’はτときわめて弱く相関し(r=−0.32,p<0.01),e’を独立して規定する因子は左室駆出率であった(β=0.27,p<0.05).一方,E/e’は左室平均拡張期圧(LVMDP)と中等度に相関し(r=0.50,p<0.001),E/e’を独立して規定する因子は左室心筋重量係数であった(β=0.34,p<0.001).特に左室肥大症例群(n=41)では,LVMDPとE/e’の相関性は弱かった(r=0.32,p<0.05).弛緩障害の推定について,e’単独(感度32%,特異度30%,正診率28%)よりも,パターン評価(各々76%,44%,60%)と総合的評価(各々81%,68%,74%)の成績が優れていた.充満圧上昇の予測についても,同様に,E/e’単独(各々82%,79%,76%)よりも,パターン評価(各々64%,85%,82%)と総合評価(各々64%,94%,90%)の成績が優れていた.
【考察】
左室充満圧の上昇は左心不全の主要症状である呼吸困難感と直結し,充満圧上昇には弛緩障害の存在が前提となる.これらを非侵襲的に評価することのできる心エコー法は,心不全診療に必要不可欠なきわめて優れた検査法であるが,左室拡張機能の解釈にあたっては,各々の指標の定量性には大きな限界があることを常に認識しておく必要がある.本研究の結果から,肥大心でE/e’を用いて左室充満圧を評価することには十分な注意が必要であるとともに,心不全診療にはe’,E/e’を単独で解釈するのではなく,複数の指標を総合的に用いるべきであると考えられた.ただし,どの指標にどれだけの重み付けをして結果を解釈したらよいかを適切に判断することは必ずしも容易ではない.そこで,これまで,弛緩障害,充満圧上昇の予測のためのアルゴリズム化されたパターン評価方法がいくつか提唱されている.本研究でも,パターン評価は,人為的総合評価を上回らないまでも単一定量評価より成績が優れていることが示された.
【結論】
左室弛緩能とe’,左室充満圧とE/e’の相関は従来いわれていたほどは強くはなく,それぞれ左室収縮機能と左室肥大の影響を受ける.左室弛緩能と充満圧の予測において,e’とE/e’の限界を踏まえつつ,単一定量指標による評価ではなく複数指標を用いた評価を行うべきである.