西尾 洋介, 田野 翔, 宇野 枢, 吉原 雅人, 眞山 学徳, 鵜飼 真由, 近藤 真哉, 古株 哲也, 岸上 靖幸, 小口 秀紀

Yosuke NISHIO, Sho TANO, Kaname UNO, Masato YOSHIHARA, Michinori MAYAMA, Mayu UKAI, Shinya KONDO, Tetsuya KOKABU, Yasuyuki KISHIGAMI, Hidenori OGUCHI

トヨタ記念病院周産期母子医療センター産科

Department of Obstetrics, Perinatal Medical Center, Toyota Memorial Hospital

キーワード :

【緒言】
周産期心筋症は，明らかな心疾患の既往のない健康な女性が，妊娠最終月から分娩後5ヵ月までに発症する拡張型心筋症の一亜型である1）．周産期心筋症の診断には心臓超音波検査による左室駆出分画（left ventricular ejection fraction; LVEF）の測定が不可欠である．LVEFを用いた左室収縮機能障害の診断基準については，45-55％未満と明確に統一されていない．周産期心筋症の多くは部分的または完全に心機能の回復がみられるが，重症例では心移植が必要となる場合もあり，母体死亡につながる重篤な疾患である1）．周産期心筋症のリスク因子には，妊娠高血圧症候群，高齢妊娠，双胎妊娠などが指摘されている1）．今回われわれは，妊娠29週で周産期心筋症を発症し，緊急帝王切開術後に心機能の改善を得た症例を経験したので報告する．
【症例】
35歳，1経妊1経産．妊娠高血圧症候群の既往あり．前医で妊婦健診を受けていたが特に異常は指摘されていなかった．29週0日の妊婦健診で，高血圧，尿蛋白陽性を指摘され，外来経過観察となっていた．全身性の浮腫および呼吸障害が出現したため，29週3日に当院へ緊急母体搬送となった．来院時，血圧162/122 mm Hg，脈拍130回/分，体温36.0℃，呼吸数44回/分，SpO2 96％（酸素12 Lマスク）であった．起坐呼吸があり，胸部レントゲンにて両側の肺うっ血像を認め，血液検査にてBNPは1830 pg/mLと高値であった．心臓超音波検査にて左室のびまん性壁運動低下を認め，LVEFは30％であった．ICUに入室し，bilevel positive airway pressureで呼吸管理を行い，SpO2は100％を維持し，利尿剤および強心薬による循環管理を行った．入院2日目（妊娠29週4日）に骨盤位での急速な分娩進行を認めたため，緊急帝王切開術を施行した．術後経過は良好で，産後15日目に施行した心臓超音波検査では，LVEFは56％と改善し，翌日退院となった．その後の産褥経過も異常なく，産後46日目の心臓超音波検査では，LVEFは56％と心機能は良好に維持された．
【結論】
Demakisら1）の定義では発症時期は妊娠最終月から分娩後5ヵ月とされてきたが，Elkayamら2）は，妊娠中および産褥期に心筋症を発症した123例中23例（18.7％）が妊娠最終月以前の発症であり，妊娠最終月から分娩後5ヵ月以内に発症した患者群と比較して患者背景，臨床所見，予後に有意差がないと報告している．本症例も妊娠最終月以前の発症の周産期心筋症と考えられる症例であり，周産期心筋症の発症時期の基準を妊娠20週以降とするElkayamらを支持する症例と考えられた．
【文献】
1）Demakis JG，et al：Natural course of peripartum cardiomyopathy. Circulation 44:1053-1061，1971
2）Elkayam U，et al：Pregnancy-associated cardiomyopathy clinical characteristics and a comparison between early and late presentation．Circulation 111：2050-2055，2005