Online Journal
電子ジャーナル
IF値: 1.878(2021年)→1.8(2022年)

英文誌(2004-)

Journal of Medical Ultrasonics

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2014 - Vol.41

Vol.41 No.Supplement

特別企画 産婦人科
シンポジウム 産婦人科1出生前遺伝学的検査と超音波検査

(S329)

出生前診断の法的問題(わたしの考える法の建前)

Legal Issues in Prenatal Diagnosis (How I see the law in principle)

福﨑 博孝

Hirotaka FUKUZAKI

福﨑博孝法律事務所弁護士

Hirotaka Fukuzaki Law Office

キーワード :

母体血を用いた出生前遺伝学的検査(新出生前診断)が始まり,その検査で陽性とされ,結果的に人工妊娠中絶(以下「中絶」という.)を選択した妊婦もいるという.出生前診断は,そのこと自体が直接的に中絶を当然の前提とするものではない.しかし,一般的には中絶を暗黙の前提として出生前診断を求めることも多い.妊婦から新出生前診断を求められ,その結果により「異常」が判明し,妊婦から中絶を求められたときに,(その後の羊水検査など確定的検査を経るにしても)医師はどのように対応すべきか.医師は,それを受け入れるべきなのか.近時,医療における「患者の自己決定権」が重視されており,妊娠・出産における「親(妊婦)の自己決定権」もその例外ではない.医師は,“胎児の親である妊婦の自己決定(中絶の決意とその要求)に対して,それを拒否できるのか”,そもそも“妊婦の求める出生前診断に応ずる義務があるのか”などについて,もう一度,法的観点から検討し,医師自らの考え方を整理しておく必要があるようにも思える.堕胎罪(刑法)や母体保護法などわが国の法の趣旨や,これまでの判例の傾向からして,わが国では,“いかに重度の障害児妊娠においても,原則として(その理由のみでは)中絶が許されてはいない”と考えざるを得ない.堕胎罪の対象となる胎児とは,“生命(いのち)ある胎児”であって,その胎児の生命・身体を保護するのが堕胎罪の目的であることを考えれば,“それを侵害しようとする「親(妊婦)の自己決定」についても何らかの制限がなければならない”という点にも合理的な理由がある.結局,胎児の生命・身体の安全を保護法益とする堕胎罪の存在は,その当然の前提として,胎児に対する「親(妊婦)の自己決定権」を制限することを意味するのであり,親の胎児に対する権利は絶対的なものではないといえる.妊娠・出産は母体の生命・身体の安全をも脅かす可能性もあり,その限度において,親(妊婦)は胎児の生命・身体の安全を犠牲にする選択(中絶の選択)も許されてはいるが,そのような母体保護法で定めた例外的な場合を除き,親(妊婦)は,胎児の生命・身体の安全を無視した自己決定権の行使は制限される,ということにならざるを得ない.
以上が,わたしの考える「法の建前」である.しかし,“現実の産科診療の現場においては,その「法の建前」が通用しているのか.”,“通用していないとすれば,それはなぜか.”,“そのことに問題はないのか.”等ということを,もう一度真剣に考えてみる必要がありそうな気がする.そして,この「法の建前」からすれば,妊婦が十分な認識を持たずに検査を受けることになりかねない,また,検査結果の意義等(想像もしていなかった深刻な事態など)について妊婦に誤解を与える可能性もある新出生前診断については,医療者側からの妊婦側に対する充実したインフォームド・コンセントが不可欠である.日本産婦人科学会は,平成25年3月付「指針」により,臨床遺伝学の知識を備えた専門医が診断の前後に検査内容やその結果等の多くの点の説明と情報提供を実施する「遺伝カウンセリング」の徹底を医療者に求めているが,これこそが出生前診断における究極のインフォームド・コンセントといえる(そもそもインフォームド・コンセントにはカウンセリング機能が必要である.).したがって,臨床の現場でこれに違反するような事態があれば,新出生前診断にかかる診断方法自体の違法性が問われる可能性もある.