英文誌(2004-)
特別企画 基礎
ワークショップ10 超音波医療における安全性に関する基礎知識
(S177)
医用超音波の安全域と作用域
Safe and effective doses of medical ultrasound
梅村 晋一郎
Shin-ichiro UMEMURA
東北大学大学院医工学研究科
Faculty of Biomedical Engineering, Tohoku University
キーワード :
【超音波の安全域と作用域】
超音波のエネルギーは,分子レベルでは小さい.Fig.1には,それを他の物理的医用モダリティと比較した.超音波の分子レベルでのエネルギーは,1つのフォトンが化学結合を切断し得るのに比べとても小さく,蛋白を変性させるために水素結合を切断するには,数桁も小さい.従って,超音波により生体にこのような不可逆変化を起こすには,そのエネルギーを時間的または空間的に蓄積するメカニズムが必要である.Fig.2にそのメカニズムを示す.すなわち,熱として時間的に蓄積されたり,マイクロ気泡に空間的および時間的に蓄積されることによって,生体に不可逆的な作用を及ぼすことができる.従って,生体に不可逆的な作用を及ぼす超音波強度は,照射持続時間が短いほど大きくなり,Fig.3のようになる.生体に不可逆的作用を及ぼすか否かのthresholdより右上が超音波治療の作用域であり,その左下が超音波診断の安全域である.照射持続時間がある程度以上長くなった場合にthresholdが照射持続時間に依存しなくなる理由は,超音波エネルギーが熱として生体に蓄えられる場合を想定すると,次のように説明できる.すなわち,超音波により発生する熱と血流などにより持ち去られる熱とが均衡して定常状態に至るので,不可逆的作用を及ぼす超音波強度が照射持続時間によらず一定となる.
【メカニカルインデックス(MI)】
MIは,キャビテーションを生じさせやすいかどうかの指標であるとの誤解が多いようであるが,そうではなく,キャビテーションが生じたときに起こり得る作用の大きさの指標である.これは,マイクロ気泡に蓄えられる超音波エネルギーを考える例になる.MIは,半サイクルの負圧が源になって続いて起こるマイクロ気泡の圧壊により生じ得る作用の大きさが同程度になるよう,超音波音圧を周波数により補正した指標である.元々,連続波のような長い波連を想定したものではない.半サイクルの負圧により膨張しきったマイクロ気泡に蓄積されているエネルギーの最大値は,負圧半サイクル中の音響エネルギーに等しく,おおよそ,負圧最大値の自乗と超音波周期の積に比例する.このエネルギーが断熱的に保たれ,圧壊時にそれがすべて放出された場合,最大の作用を生ずる.そこで,このエネルギーの平方根に比例する (負圧最大値)/(周波数の平方根) がMIとして定義されたわけである.